一庵正宗は、豊臣秀吉の異腹弟である豊臣秀長に仕えた横浜一庵が所持していたことから名づけられた短刀です。横浜一庵は、現在の奈良県に位置した大和国で5万石を領した人物で、豊臣秀長が亡き後は豊臣秀吉に仕えましたが、慶長元年(1 […]
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徳川家光が諏訪忠恒に譲った名刀「貞真」とは
徳川家と諏訪家は非常に親密な関係にあり、徳川幕府を開いてからも非常に重要な存在となっていました。元来は敵味方に分かれて争う存在でもありましたが、その後徳川軍の侵攻を受け和睦してからは、一貫して徳川家への忠誠を誓うようにな […]
日本人と日本刀の向き合い方
徳川家康によって開幕された江戸時代には、それまでの時代のなかでの日本刀の役割は大きく変わっていたようです。その流れのなかで注目すべきは、江戸幕府の開幕から明治時代の幕開けまでの約265年間のあいだに、主だった内乱がみられ […]
朝廷や国家に所属する武士たち
これまでの研究のなかでは、農民たちが刀剣などの武器を所有することで武装しことから、武士という存在がうまれたのではないかという形で、武士たちの誕生が推測されていたようですが、最近では、武士などが日本刀や弓矢などの武器を手に […]
「日向正宗(ひゅうがまさむね)」
大阪の陣で徳川家康を手厚くサポートしたとされる水野勝成の愛刀は、「日向正宗(ひゅうがまさむね)」として知られております。若くして武勇伝をもつ水野勝成の愛刀「日向正宗」は、もともとは石田三成の所有であったとされております。 […]
日光一文字の形容
現在は、日光一文字は福岡市の福岡市博物館が保護管理をおこなっている。刀姿は、刃長二尺二寸四分、鎬造り、庵棟、重ねは薄めで腰反は強く踏ん張りあり。猪首切先。 茎は生ぶで雉子股形に先浅い刃上げ栗尻、無銘。鑢目は筋違いで目釘孔 […]
日光一文字の来歴
「日光一文字」は、鎌倉時代に作られた備前国福岡一文字派の最高峰の一振といわれている。福岡一文字派とは、現在の岡山県瀬戸内市長船町福岡に居住した作刀集団である。 古備前則宗を始祖とし、工銘を入れず、「一」の文字を入れたこと […]
備前と日本刀
日本のこころともされる日本刀の美しさを語ることは、言葉では言い表しようのない緊張感と研ぎ澄まされたものがそこにあるのかもしれません。日本刀の優美な姿は、世界でも唯一無二の存在として語られております。 数ある日本独自の刀剣 […]
石州直綱
初代石州直綱は、南北朝初期、石見国の刀工である。相州伝の名工「五郎入道正宗」の高弟、いわゆる「正宗十哲」の一人といわれているが、作風的にも年代的にも些か無理があり確定はできない状態である。 相模国で作刀の後、石見国に移住 […]
不動国行の来歴
「不動国行」は、鎌倉時代中期山城国の刀匠で来派の実質的始祖である来国行の製作の小太刀である。来派は高麗からの帰化人を出自とするといわれている。「享保名物帳 焼失之部所載」。 来歴は、もとは足利将軍家の所有だった。永禄の変 […]